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[日刊すみれぽ]ともだちと会うのが楽しいときは、自分が幸せなとき はてなブックマーク - [日刊すみれぽ]ともだちと会うのが楽しいときは、自分が幸せなとき

日刊すみれぽ

春だから人に会いたい、と思ってそれを実行できることはどれだけしあわせなことだろう。

春の気配を感じるようになってから、男女問わずともだちから連絡がたくさんくる。先々週はすごく急に決まった同窓会にも行ってきた。

植物や動物がいっせいに「イェーイ!」と言わんばかりに盛り上がる、春という季節。盛り上がるのは動物である人間も同じなのかな。

人と会うというのはエネルギーを使うことだと思っているところがあって、相手のエネルギーが一定量正常でないと気を使って疲れるし、エネルギー過多だと何か一方的に「当て」られちゃって困るという経験を幾度となくしてきた。

自分のことに自信がないときや、うまくいっていないときは、人と積極に会いたいとは思えない。会えたとしても、自分の弱みを見せれる相手じゃないと絶対無理。人に気を使っている余裕がないので、「自分よりしあわせな人」の話を聞くこともキツイ。

人と比べない、とか言ったって人と話せば否応なく「そっちはどうなの、こっちはもう」的なケツメイシの歌詞みたいな状況になる。

だから人と全然合わない時期もあった。ちょくちょくマシなときに会うともだちもいたけど、相手からしたら普通の話が自分にとっては大打撃で、帰り道に涙が流れ続けたこともあった。

自分が不幸のどん底なときに、相手の話は相手の話。として割り切れる人間がどれくらいいるだろう。私は無理!だから約束から逃げてた時もある。

そういった「右も左も不正解」というか「八方ふさがり」という時代を経て今に至り、ようやく私も、「人と会うのがすごく楽しくてしあわせだ」と感じられるようになった。

何が変わったのかなぁ?と振り返ってみると、つらかった時代とは180度生活が変わったわけで、全部見ている自分としては、「そりゃあ人と会う気にもなれるよねぇ。」と、一人感慨深くなる。

そうなってみて改めて気付いたのは、この年まで付き合いのあるともだちの話はとにかくなんでもおもしろいし、こちらも真剣に聞く。

それが結婚生活の話とか、子供や旦那の話、仕事の話、ゴミの話でも昨日の夕食の話でも、もうなんでもいい。

とにかく会えたことが嬉しい。こんなに純粋にともだちに会えて嬉しいと思うのは、保育園以来だと思う。10代の頃はこんなことなかった。

ともだちと時間を作って会えるという気持ちの余裕、本当に会いたいと思う人と会える喜び、そして限られた時間の中で思う存分しゃべったり聞いたりして帰るというこの一連の行動。

大したことは何一つしていないけれど、私はこのありがたさを知っている。そしてたぶん、この気持ちを心から待っていた。

最近は会う人会う人に、「つながっていてくれてありがとう」と心から思う。

一度会えばちょくちょくLINEで現状報告などをして、また自分の毎日を過ごす。時がくればまた会って、なんでもネタになっちゃうんだろうと思う。

そういうのってすごくありがたいことだと思う。

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